原発論アンケートTen!!

〈雪月花への核ごみみそぎ〉列島運動

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原発どうする会本部

〈根源性〉

〈根源性〉

(や) あけましておめでたうございます。
年頭から、いきなりですが、法律とか、国家といふものが、もっとも根本的なものなのか。それから解脱していく〈狭き門〉もあるのではないか。わたしが若いころから、何度も読み返してゐる、ヨガの沖 正弘師の『ビジネスマン幹部のための菩薩道入門ヨガ総合健康法(下)』(竹井出版1980年) に、さりげなく、こんな〈根源性〉の発言もあります。

(『菩薩道入門』71~73ペより) ひと口にいえば、人間教育の眼目は、法律なしに、人間社会の秩序と自由を保ちうる人間性をつくりあげていくところにあるのです。法律によらなければ、社会秩序が保てないとは、人間悲劇といわずして、なんといえるでしょうか。いうまでもなく、人間は社会的生活者です。人間には、おたがいに協力しあって、社会全体のバランスをとるという使命感があります。このことを意識的に心がけることが、人間性の尊さなのです。
私は、この能力のことを“愛”と呼んでいます。
人間には、他をも自分と思って生き、他の自然の働きのように、自分を他の中に埋没する本性があります。日光や空気のように、自分を他人の中に溶けこませて生きることです。私にいわせれば、この自他一如の生き方が奉仕生活であり、宗教的生活なのです。他のためにつくすことによって、おのれも生きる。他を生かすことによって、自分も生かさせていただく。
このように、自分の全部を他のために投げ出し、無我無心の状態になるのが、自然の道であり、自分のほんとうの心である、と思います。
私は、道場の人たちにいうのです。どうしたら、自分で自分の生活を守ることができるか、といった狭い自己愛をもつより、他に守られて生きていく工夫をなさい、と口癖にいっています。そうすれば、他を守った程度に自分が守られるのです。他に利益をあたえた程度に、自分にも利益があたえられるのです。他をよろこばせた程度に、自分もよろこばせてもらえるのです。他を救った程度に、自分も救っていただけるのです。これが、心のバランスを維持する法則です。
もう一歩、考えをすすめてみましょう。逆に、困ろうと思っても、他の人が困らせなくなったら、はじめてそこに、まことの自由生活がはじまるのです。
そこで、現実に、自分が困ろうと思っても、社会全体が困らせないような自分となるためには、他につくすことだけを考えることです。そして、奉仕生活のできる人間になるために、健康と知性と情操とが必要になってきます。これが“悟り”の境地で、そのために勉強と修行が必要になるのです。

(や) 諸民族闘争や資産階級闘争から解脱し、野性社会たる健康平和社会を創出していく。少しづつ、少しづつ、少しづつでもよいから、おたがひが尊い人格を顕していくやう、協力させていただく。この〈求道(ぐだう)実行〉なくして、どんな宗教も、どんな思想も、有意義でありうるでせうか。

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