原発論アンケートTen!!

〈雪月花への核ごみみそぎ〉列島運動

FAX 045-319-0920

原発どうする会本部

司会のようなもの
みなさまの声をどこまで活すことができますか。
原発論の問題の解決へ向け、司会のようなものに、挑みます。
(や) は山田 学の発言です。
発言者の敬称は「さん」にて統一させていただきます。
著名人と同姓同名の場合、ご本人かどうか確認できないこともあります。
そして統一活動のための携帯メール会員サイトはhttp://hpbsc.jp/misogiです。PCメールも登録できます。退会は自由です。

司会のようなもの

諸民族調和への道

(や) 米国中間選挙は、下院において民主党 (ないしサンダース系左翼派) による一定の巻き返しがありました。19世紀マルクス、エンゲルス以降の左翼理論にも、今の各民族右翼理論にも、欠けてゐるもの。それは、諸民族はどうすれば、無理なく、無駄なく、調和していけるか、といふ理論です。今回のトランプ氏にも、オバマ氏にも、サンダース氏にも、それが欠けてをり、欠けてゐる者どうしで、議席をとりあふことには、一定の意義がありますが、それだけのことでしかありません。
さしあたり経済的に安い労働力を求めるなどのため、早急に移民を受け入れることには、さまざまな無理がある。今の各民族右翼派のさういふ主張には、一定の根拠があるからこそ、一定の票も得るのでせう。さういふ各民族右翼派も、まだ、諸民族調和への道について、理論を確立してゐるわけでありません。それが、人間社会発達の、現段階です。
さて、日本民族として、皇室の伝統と創造も考慮しつつ、諸民族調和への道を、どう構築していくか。たとへば、小学館SAPIO誌2018年11・12月号の15~17ペに、「大阪『外国人留学生300人超退学事件』の闇~出稼ぎ目的の『偽装留学生』が急増し移民化している」といふ、出井康博氏の記事があります。実は、わたし個人の身のまはりにも、この記事に指摘された事例があり、大いに参考となりました。わが日本列島においても、事態は予想以上に早く、進展してゐます。
わたしは大学生のころから、諸民族調和への道については、ヨガの沖 正弘師や、民族地理学の川喜田二郎先生に、学び続けてゐます。諸民族調和への道、といふことは、とても簡単なことではないと、考へます。が、まったく不可能でもないと、考へます。一方で、わたしは高校生のころから、 (いちおう、左翼理論に属する) 三浦つとむ先生の論理学・認識学・言語学も学び続けてゐるからです。

民主主義

(や) 自民党総裁3選まで果した、安倍晋三総理らの統制力が、沖縄県民までには及ばなかつたやうです。沖縄県知事選にて、自民・公明・維新・希望推薦の候補が、玉城デニー氏に敗れました。今後、この投票結果をどう尊重できるかが、今の自民・公明連立政権にとり、いはば民主主義尊重力の試金石となるでせうか。

弱さ

(や) 台風21号や北海道胆振東部地震にて亡くなられた方がたに、謹んでお悔やみ申し上げます。被害にあはれた方がたに、謹んでお見舞ひ申し上げます。「関西国際空港連絡橋に、タンカーが衝突し、中破しました。」一方、「北海道全域が、『ブラックアウト』しました。」運輸や、エネルギーの、予想以上の弱さに、驚かざるをえません。新しい意味の、たたかひが、必要なのでせうか。

失望

(や) わたし個人としては、失望の政治情況について、時事川柳をひとつ。
「三選」で、自由に専制党へ。自「民」党…

論外

(や) オウム真理教幹部7人が処刑されました。日本国の司法により処刑された。それ以上でもそれ以下でもありません。オウム真理教事件は過去のことですが、とても哀しいことは、健康平和のためにあるヨガの印象が、深く傷つけられたことです。
ヨガはあ~お~ん~といふ発声を健康平和の基礎としてゐます。あうんの呼吸、南無、アーメンなども、ここから派生したと言はれてゐます。
処刑を機に、ヨガ本来のひろく深い健康平和性を再興したいものです。日本国の法律を犯すなんぞ論外。

第一歩

(や) 1989年「ベルリンの壁崩壊」から29年弱。2018年6月12日、今度は、米朝首脳のあひだの「壁」が、いちおう、とりはづされました。
昔のことばで言へば、「東西体制」の融和、これからのことばで言へば、欧米文化とアジア文化の対話へ、〈第一歩の一日〉だつたでせうか。むろん、今後の具体的展開につき、慎重に、見守り続けるしかありません。
ドナルド・トランプ大統領と、金正恩委員長、まづは、まさに歴史的な会談を、ご苦労様でした。
東京新聞6月13日朝刊3面によると、金正恩氏は、両首脳の一対一会談冒頭に、「…世界の多くの人々はこれをSF映画や空想だと思うだろう。」と述べた。また、同氏は、署名式において、「…世界は恐らく重大な変化を見ることになるだろう。…」と述べた。この自信は、どこから来るのか。やはり、今後の具体的展開につき、慎重に、見守り続けるしかありません。
とくに、朝鮮半島の非核化のみならず、〈段階的世界核軍縮〉は、どのやうに実現していくのでありませうか。
一方、同紙同日朝刊28面によると、「『よくここまで来た』。北朝鮮による拉致被害者・横田めぐみさん=失踪当時 (一三)=の母早紀江さん (八二) は川崎市内で会見し、米朝首脳会談の実現を『奇跡的なこと』と評価した。…」そして、拉致問題も、奇跡的に解決されていくのでありませうか。やはり、今後の具体的展開につき、慎重に、見守り続けるしかありません。

渦中

(や) 朝鮮半島情勢と中東情勢は、どうなつてゆくのでありませうか。
今は微妙な動きの渦中にあり、わたしどもなど、外野から安易な発言をしないはうが善いでせう。
ただ、4月27日南北首脳会談のTV映像に接した、わたしの印象は、「金正恩委員長は、予想以上、指導者として訓練してゐる人格だ。」といふものです。
〈段階的世界核軍縮〉は、どのやうに実現していくのでありませうか。
なほ、未来的抽象的な課題としては、〈日本民族と朝鮮民族の調和への道〉、〈日本国・韓国・北朝鮮国の国際資産格差縮小への道〉、といふこともありませう。

三等国

(や) 安倍内閣となり、国会における政治の日本語が劣化しました。政治の本質から真剣に熟議しあふ、格調高い討論が、とても少くなりました。目先の口先で“勝てば”よいといつた、子どもの口げんくわのやうな、幼稚なやりとりが、多くなりました。ITの発達により、だれもが素早く、文字や写真や動画などを、やりとりできるやうになつた。が、かへつて、情報が多すぎ、閑(しづ)かに本質を熟議しあふ慣習が、低下してゐる。さういふ時代の反映でもありませうか。
国会において政治の日本語が劣化してゐることは、それじたい、国会運営費、国会議員にかかる経費、報道にかかる経費などの、浪費です。
また、今の国会のあり方は、子ども向けの日本語教材として、社会科教材として、とても使へたものではありません。教育の機会の、大きな損失でもあります。
学校成績優秀から始り、地位を高めてきた官僚層も、国会のあり方の劣化に、それなりに抵抗してきたやうです。(たとへば、自衛隊の日報隠しも、さうか。)
しかしつひに、国会のこの傾向が、それなりに優秀であつた日本国の官僚文化をも、破壊しました。
森友学園をめぐる財務省の決裁公文書が書き換へられた。
ご自身が官僚出身である、片山善博先生は、「こんなことを始めたら、日本国は三等国だ。」と発言されました。
さまざまな問題点は留保するにせよ、明治維新以来、とにもかくにも「一等国」をめざしてきたすべての先達方の努力を、浪費するものであります。
今後、たとへば、極悪非道の、世界外交関係において、「この日本国の公文書は、あの森友文書のやう、書き換へられてゐない?」なんぞと、悪意の言ひがかりをつけられたら、どうするのですか?
目先の口先で“勝てば”よいが、日本国そのものの信用を、おとしめ始めてゐる。
こんな内閣の存在を放置してきた、日本国民も、肚(はら)をくくり、反省すべし。
国会は国民を代表してまづ、事態の深刻さを明文化し、また直接的には、この1年の国会を空転させた、つまり、国会運営費、国会議員にかかる経費、報道にかかる経費などを、浪費させたことについて、政府と財務省に謝罪を要求すべし。
これは、日本国の国民自身と国会じたいの国際信用を維持するためにも、必須の過程です。(ここまで、なめられ、黙つてゐますか。)
事態の深刻さをどれだけまともに理解できてゐるか、謝罪の姿勢にどこまで深い誠意があるか。
まづそれを、国民世論が判断し、不満が残るなら、安倍内閣退陣も要求すべし。
最後は皮肉ですが、こんな非教育的な安倍首相とその夫人が、どんな思想内容であれ、○○学園といつた、新しい理念の学校設立に、関与してよいはずがありません。

快挙

(や) 平昌冬季五輪は、女子スピードスケート陣の躍進など、さまざまな話題がありました。が、何と言つても、男子フィギュアスケートの歴史的快挙。羽生結弦選手を追ひあげる宇野晶磨選手や、ネーサン・チェン選手など。そんななか、羽生選手は前回五輪にて、東日本大震災からの“精神復興”として、金。技能向上に無理があつたのか、選手生命さへ危ぶまれたけがをした、今大会前。それでも可能なことを着実に積み上げた“精神復興”により、連覇の金。男子フィギュアでは66年ぶりの連覇。おまけに、この羽生の金が、冬季五輪通算1000個めの金だといふ。スポーツ医療など日本チームの勝利でもあつたか。
フリーの曲のテーマが陰陽師(おんみゃうじ)・安倍晴明(あべのせいめい)。五角形や螺旋(らせん)といふ動的図形に注目した人物。東洋文化からフィギュアスケートを認識する勝利でもあつたか。フィニッシュの日本の笛の音(ね)が、わたしのこころに響いた。
羽生選手、宇野選手、ありがたう。おめでたう。

都市の未来

(や) 健康平和方向にて都市の未来を想定する。とくに日本のある都市ある地区の未来を想定する。わたし自身、意表をつかれるかたちにて、かういふことに真剣に取組みたくなるきつかけがございました。
結論から申します。
成熟社会の都市機能の中心は、〈民衆が自立し、安あがりで品のある生活を創りあふ会場〉、ではないでせうか。さういふ、民衆教養のための会場であり、市場ではないでせうか。いはば、栄養経済から、教養経済への、移行ではないでせうか。今の流通やITや行政などの延長に、それを展望すべし。
都市は、地球表面の各時代や各域なりに、真と善と信と美と健を追求しあふ、中心地でせう。その機能は、ある程度、インターネット上のサイトにおいても、可能となつていきます。
少子高齢化対策の本質は、恋愛・出産・保育・教育・保健・看護・医療の最高品質最低費用を追求する、さういふ事業ないし産業における改善努力ではないでせうか。
恋愛ないし男女関係に関しては、縄文時代からの日本列島におけるとくに民衆の男女関係は時代により地方によりそれなりに変化してきたのでせう。しかしとくに明治維新以降と敗戦以降において、前代 (江戸以前) 民衆的男女観と、儒教的男女観やキリスト教的男女観との、区別と連関が、充分に思索し情念されてゐない。まだこころの整理がついてゐないでせう。ならば、こころの整理そのものを事業化できないでせうか。
そしてまた、会議・競技・観光・移民受入れなどを通した諸民族調和への研究も、進取に取組むべき事業ないし産業でありませう。
人間社会史における呪術・宗教・哲学・政治と健康平和な現実認識の伝統と創造において、個人個人のわが人生はわが生活は満足ゆくものであるか。さういふ意味の人生の質ないし生活の質を問うたとき、かういふ問題を社会全体においてひとまづ懸案にしたままのとくに敗戦後日本人のこころには、一定の荒地が残つてゐるのかもしれません。
地球表面において市場拡張可能性 (いはゆるフロンティア) が無くなりつつあります。かつて鎖国により市場拡張可能性を人為的に断ちきつた、わが江戸時代の日本列島内における創意工夫のあれこれに、これからの人間社会全体が学ぶべきものもありませう。